野添コミセン区 地域人権・同和教育推進委員会 視察研修
2019年8月26日(土)8:50〜 16:40  行き先:淡路方面
 野添コミセン区のいきいき活動推進委員の視察研修会を実施しました。今年は淡路方面にしました。
研修先1 高田屋嘉兵衛公園 高田屋顕彰館 (住所 兵庫県洲本市五色町都志1087)
<高田屋嘉兵衛>
 嘉兵衛は明和6年(1769年)1月1日(旧暦)、淡路島都志本村のある農家の6人兄弟の長男として生まれました。嘉兵衛は、小さい頃から海に興味を持ち、一代で巨額の富を得た江戸時代後期の海運業者です。特に、蝦夷松前に航して巨利を得ました。また、箱館の街を作り,そこをを拠点として蝦夷地の商権を独占し巨利を得ました。
 この頃、諸外国が開港を迫るため日露間の緊張も高まっていました。そこで文化8年、千島海域の地理を調査中のロシア皇帝艦ディアナ号の艦長ゴロウニンを日本の警備隊が拿捕するという事件が起きました。嘉兵衛は文化9年択捉からの帰途、国後 (くなしり) 島沖で V.ゴロウニン幽囚の報復としてロシア軍艦に捕えられてカムチャツカに連行され,翌年帰国,ゴロウニン釈放に努力しました。
 文政5 (22) 年家業を弟金兵衛に譲り,淡路に隠退。 文政10年(1827年)4月5日(旧暦)、ふるさとの淡路の自宅で静かにその生涯を閉じました。
 未だに民族間の争いが絶えないこの時代の250年も前に、自分が囚われの身になっても、他者を理解しようと努力し、相手の信頼を得、ゴロウニン釈放に努めた高田屋嘉兵衛の気高い生き方は多くの人の心を引きつけている。
 時代を超えて私達が持つべき資質はこういった人権感覚ではないかと思います。本当に良い研修になりました。
研修先2 淡路人形座 (住所 兵庫県南あわじ市福良甲1528)
<淡路人形浄瑠璃>
 淡路人形浄瑠璃は、江戸時代には徳島藩主の蜂須賀(はちすか)氏の保護もあって大いに繁栄し、全国各地でも上演されていました。18世紀前半の享保・元文(きょうほう・げんぶん)のころには淡路島に40 以上の人形座がありました。明治時代になると庶民の娯楽も変化していくなど、しだいに減少し、現在、活動しているのは “淡路人形座” ただ1座になってしまいました。
 演目は『戎舞』と『伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段』でした。動きや角度が変わるだけで泣いたり笑ったり怒ったり、人形の表情が変化しているように見える。本当に細かい技に魅了される一日でした。
 
 同じバスに乗り、1日一緒に過ごすだけで、なんか仲良しになったような気がしました。また、こんな機会があったら是非皆さん参加してくださいね。

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